「時は金なり」ではなく「時は命そのもの」。
私が大学生だった時、1年だけ英会話スクールに
通っていた時期があります。
その英会話スクールでは、1レッスンに3人から
5人くらいで
ネイティブの先生について、その時その時の
タスクをこなしていくというスタイルでした。
ある時、(私を含めて受講生3名、先生はオース
トラリアの若い女性の先生。)
レッスンはフリートークで
「Time is money」についてどう考えるか
というお題で話し合いました。
その時にほかの受講生の人は、
「まさにその通りだ、時間はお金に匹敵する
くらい大事なものだ」
というようなことを英語で言っていたのですが、
天邪鬼な私は
「Time is not money, but life. life itself」
と答えたのを覚えています。
これが英語として正しいかは分かりませんが、
(英語は全く自信がないので。)
その時の私は、
「時は金などではなく、まさに命そのものだ」
と言いたかったのです。
確かに、お金は大事です。
「金がないのは首がないのと同じ。」
という言葉もあります。
これもまた真理だと、私は思います。
しかしながら、お金は、たとえ失ったとしても
働くことで取り戻すことができます。
ところが、時間はそういうわけにはいきません。
若かった昔の時間を取り戻そうと思っても、
それは出来ない相談です。
いくら大金を積んでも、失った時間を取り戻す
ことはできません。
私たちは、刻一刻、一分一秒、時間を切り捨て
ながら生きているというのが、実体なんですね。
そう考えると、
時というのは、お金のように、その気になれば
いつでも取り戻せるようなものではなく、
まさに、後戻りのできない命そのものではないか
と思うのです。
「金」も確かに大事ではありますが、
「時」の大事さは、その比ではない。
この考えは、今でも変わっていません。
なので、私は少なくとも
「あの時、もっとああしておけばよかった。」
という後悔だけはしたくないので、
とにかくやれる時にやれるだけのことを
全力でしようと心がけています。
(もちろん、失敗は数知れず。苦笑。)
私が本メルマガを通じて、口酸っぱく
善は急げ
思い立ったが吉日
四の五の言わずに即行動
と繰り返し申し上げているのは、
決して篠研サービスの購買を煽っている
のではなくて、
読者の方に、
「あの時こうしておけばよかった」
「あの時に始めておけばよかった」
という後悔をしていただきたくない
という思いがあるからです。
「あの時こうしておけばよかった」
「あの時に始めておけばよかった」
そんな経験が、今までに一度でもあるので
あれば、
「今がまさに、10年後か、20年後か
から見た「あの時」ではないですか。」
とご提案させていただいているのです。
「時は金なり」
という考えがあると、
「お金がないので、何も始められない」
というところで思考停止に陥りがち。
しかし、そうではないんだと。
時間は命そのものなんだと思考を変える
ことによって、
たった一度の人生を、
手持ちの金に左右されない、開かれたものと
して謳歌できるのではないか
というふうに考えるのです。