比喩の何たるかは、すべて夢路いとし喜味こいしが教えてくれた。(その1)
比喩といえば、検定試験受験者泣かせの
「言語と心理」
分野を代表するお題、いや出題項目(笑)
「ご飯を食べる」はメトニミーだっけ、
それともシネクドキだっけ、、なんて
迷う方も少なくないのではないでしょうか(^_^)
さぞかし検定試験にもよく出題されているだろうと、
過去10年分の試験問題(平成19年~28年)を精査した
ところ、
実は、ほとんど出題されたことがないということが
判明(>_<)
「な~んだ。じゃあ、覚えなくてもいいや。」
と思ったら、昨年の試験で突如出題(>_<)汗
敵もさる者。なかなか侮れませんね。
せっかくなので、比喩の種類をここでおさらいして
おきましょう。
通信講座「篠研の検定対策」講義資料
「No.079 心理言語学・認知言語学」
で、以下のように解説しています。
ちょっと長くなりますが、大事なことなので
引用しますね。
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比喩の種類
比喩表現には、シミリー(直喩)、メタファー(隠喩)、
メトニミー(換喩)、シネクドキ(提喩)の4つがあります。
(10)シミリー(直喩):「~のような」「~みたいな」
といった表現を伴うことで、比喩表現であることを明
示した比喩表現。
例)リンゴのような頬。
シミリー(直喩)は、文字通り直接的かつ明示的な比喩
表現なので、比較的わかりやすいといえます。
ただ、文化圏によってその言葉から連想されるイメージが
異なるので、授業の際には補足説明が必要でしょう。
例えば、同じ「リンゴ」でも、日本人は赤を連想しますが、
文化圏によっては黄色や緑を連想するところもあります。
(11)メタファー(隠喩):類似性に着目して、ある言葉を、
それとは全く異なる概念領域にある言葉で表現すること。
例)あなたは私の太陽だ。/晴れ晴れとした気分。
「あなたは私の太陽だ」の場合、その人の「明るい人」
「快活な人」というイメージが「太陽」と似ていることで成り
立つ比喩表現です。
また、「晴れ晴れとした気分」も、本来気象状況を表わす
「晴れ」という言葉の持つ爽やかなイメージが、人の心の状
態という全く異なる概念領域に転化してできた比喩表現です。
(12)メトニミー(換喩):ある言葉をそれと関係の深いほ
かの言葉(これを隣接関係と言います。)で表した比
喩表現。
例)鍋を食べる。/お化粧室。
「鍋を食べる」といってもその器を食べるわけではなく、
その器の中の料理を食べるわけですが、
鍋料理を特徴づけるのは文字通り「鍋」であり、鍋料理には
必ずこの鍋がついてまわる(すなわち隣接する)ことからで
きた比喩表現です。
「お化粧室」も同様に、「トイレ」「便所」と直接的に
言うのは憚れるため、
それとほぼセットで行われる言動に転化して「お化粧室」
「お手洗い」という言い方をするわけで、
これもメトニミーの一種ということができます。
(13)シネクドキ(提喩):上位概念で下位概念を、あるいは
下位概念で上位概念を(これを上下関係あるいは包摂関
係といいます)表した比喩表現。
例)隣の家で不幸があった。/あの奥さん、今おめでた
です。
上位概念とは、「柴犬」「チワワ」「シベリアンハスキー」
「秋田犬」等に対する「犬」のように、
あるグループを代表する概念のことをいい、上位概念を表わす
言葉を上位語といいます。
下位概念はその逆で、「犬」に対する「柴犬」「チワワ」
「シベリアンハスキー」「秋田犬」等がそれにあたり、下位
概念を表わす言葉を下位語といいます。
(13)の「不幸」は「隣の家の身内の誰かが亡くなった。」
ということを表しています。
そもそも不幸には、財布を無くしたとか事故にあったとか
さまざまなものが含まれますが、
この場合、「人が亡くなった」とむやみに言葉に出すことが
はばかられる内容を、
「不幸」という上位語で表現することによってあらわしてい
るわけです。
また、「おめでた」とは「妊娠した。」「子どもができた。」
という意味ですが、
これも先の例と同様で、「めでたいこと」には、試験に合格
したとか結婚したとかさまざまなものが含まれますが、
「子どもができた。」ということを「おめでた」という上位語で
表しているわけです。
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で、比喩の種類はともかく(笑)
私がここでお話ししたいのは、
【そもそもどうして人は比喩表現を使うのか。】
ということです。
比喩は、間接的で遠回しな言い方なので、直接的な
言い方に比べて分かりにくいし、相手に誤解させる
リスクもあります。
例えば、「お化粧室」一つとっても、私たち日本人は
それがトイレを指すということが分かるから、こういう
言い方が成立しますが、
そんな言い方を持たない外国人が聞いたら、
「へえ、日本にはトイレの数だけ化粧専用の部屋が
あるんだ。」
なんて思うかもしれない。
だって、トイレのいい方に対する共通認識がない
わけですから。
つまり、比喩の解釈はすべて聞き手に委ねられている
というわけです。
こんなリスキーなレトリックを使うくらいなら、
「お手洗いに行ってきまーす。」
なんて言わずに、普通に
「トイレに行ってきまーす。」
と言えばいいし、
「リンゴのような頬」
なんて言わずに、普通に
「真っ赤な頬」
と言えばいい。
その方が、いちいちその意味をあれこれ詮索する必要も
ないし、誤解のリスクも少ないはず。
にもかかわらず、人は比喩を日常的に、さまざまな
シーンで使うんですね。
どうしてなんでしょう?
続きは、次回に。