N1合格者が「本日をもって開店いたします。」を作ってしまう訳。
以前、日本語教育教材論という教員養成の
授業で面白いことがありました。
この授業ではN1レベルの文法問題を
作らせているのですが、
受講生の留学生(女性。タイ。N1取得者。)に
「~をもって」という文型を使って例文を作らせた
ところ、
いろいろと参考書をひっくり返しながら、
「皆さんのおかげで、本日をもって開店いたします。」
という文を作りました。
おかしいですよね。
「本日をもって」と来れば、通常「閉店します」です。
ですが、非漢字圏でありながらすでにN1を取得し、
しかも将来日本語教師を目指しているほどの学生です
から、こうした誤用をするには、それなりの理由が
あるはずです。
また、その理由をしっかりつかむことで、
この文型への理解が深まったり、
指導のヒントが得られるかもしれません。
そこで、どうしてこんな例文を作ったのか、本人に
聞いてみると、
「だって先生、この参考書の例文に
『これをもちまして、お開きといたします。』
と書いてあるじゃないですか。
『お開き』って、「開店」という意味ですよね。」
そこかぁ!
確かに同じ漢字を使ってますね。
考えてみれば、「お開き」などという表現は、
一般的な日本語教育では上級でも扱わない
かなり特殊な表現。
このレベルで知らなくても、ある意味仕方がない。
そこで、「お開き」の意味やなぜ結婚式等で
この表現を使うか説明したら、十分理解して
くれました。
ですが、彼女がこのような例文を作ってしまった
理由はもう一つあります。
彼女が持っている参考書を見てみると、
「をもって」の説明に、
「あることを区切りとして、何かが始まったり、
何かが終わったりすることを表す。」
と書いてある。
彼女は、ここに「何かが始まったり」という指摘が
あるので、「開店」を使っても問題ないと判断した
わけですね。
ですが、そもそも「をもって」を使って、何かが
始まることを表しますかね??
ためしにその参考書の例文や他の専門書の例文を
見てみましたが、そうした例はありませんでした。
また、ネットでも調べてみましたが、見つからない。
ありますかね??
おそらくは、「をもって」で何かが始まることを
表すことはないか、
あってもかなりレアな例ではないかと思います。
そうすると、「をもって」を学習者に説明する際に、
何かが始まることを表すというのは、
学習者を混乱させたり、誤用を誘発させたりする
可能性があるので避けた方が無難かな、
という気がします。
学習者の誤用と向き合うと、実にいろいろなことに
気付かされます。