なぜ学習者は「私は~。」と、主語を明示したがるのか。

以前読んだ本から。

荒川洋平・森山新
『わかる!! 日本語教師のための応用認知言語学』凡人社
http://amzn.to/2dKCMO1

本編120ページと、認知言語学がコンパクトにまとめられて
いて、すぐに読み切れます。

お勧めです(^_^)

 

ところで、

学習者と話をしていて気がつくのは、とかく、

「私は~。」
「私は~。」

と、主語である「私」をしっかり言うという点です。

 

日本語では、「私」は省略されることが多いので、
こう何度も言われると、

「ちょっとしつこいな。」

と感じるかもしれません。

 

学習者が「私は~。」と言ってしまう原因の1つは、
初級教科書の多くが第1課に

「私は●●です。」

のような文型を提示しているからですが、
原因はそれだけではありません。

 

例えば、英語の文では「I」を省略することはできず
明示しなければなりません。

 

つまり、母語の影響もあるわけです。
(これを転移といいますね。)

 

では、なぜ英語では「I」は明示しなければならず、
日本語は省略してもいいのでしょうか。

 

例えば、下のイラストa,bをご覧ください。

どちらもピッチャーがキャッチャーに向かってボールを
投げる場面ですが、「ピッチャー=私」であるように見える
のはどちらでしょうか。

(a) https://gyazo.com/99fb40150d21a0d7793db0a28222e993
(b) https://gyazo.com/d20aa442c8c8c5246f5716a6ac88215f

 

明らかにbのイラストですね。

これについて、本書では以下のように解説されています。

===========ここから==============

言うまでもなく(b)である。それは私が投手なら私の姿は見えな
いからである。では、この「私が捕手にボールを投げる」場面を
日英両語はどう表現するであろうか。
英語ならI threw a ball to the catcher.と、I を省略するこ
とができないであろうが、日本語なら私を省略し、「捕手にボー
ルを投げた。」で構わない。これは英語ではちょうど(a)のように、
投手が私でも他人のように客観的に把握し描いているためで、I
が客体化されて表現されるのに対し、日本語は(b)のように、「私
の見え(主観的把握)」から描いているため、私が表現の対象か
ら外れてしまうのである。
このようなことから、英語は「客観的把握型」の言語、日本語
は「主観的把握型」の言語であるといわれる。(pp.83-84)

===========ここまで==============

つまり、私たち日本人は、自分の目で見える範囲で物事を認知し
それを言語化するため、

自分の目に見えない「私」は言語化されない(=省略される)わ
けなんですね。

 

逆に言えば、英語は自分を含め物事を客観的にとらえることを
よしとする価値観が人間の認知の深い部分まで徹底されていて、

それが言語にも反映されているということなのです。

 

こう考えると、認知言語学は言語のとらえ方だけでなく、
人間の認知の在り方まで掘り下げる、

非常に内容の深い学問であるということがわかります。

 

そうすると、冒頭の

「なぜ学習者は「私は~。」と、主語を明示したがるのか。」

という問いに対する答えもクリアになりますし、

「どうして、日本語は主語を省略するのか。」

という学習者の問いに対しても、

「話し手や書き手は自分を見ることができないから。」

と説明することができるわけです。

 

なるほど。

 

そうすると、例えば、窓の外の風景を見て

「私が窓の外の山を見る。」

とは言わずに、

「窓の外に山が見える。」

と表現するのもうなづけますね。


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