教育とは、学習者に行動変容を起こし続けること。
「学習者に行動変容を起こし続けることが
教育の役割ではないか。」
そんなふうに考えています。
例えば、学習者が大学や日本語学校に
入学したとします。
日本語教育であれば、当然日本語を教育する
ことで、学習者に
「日本語で行動する」
ことを促すわけですから、これもまさに
行動変容です。
ですが、それだけではなく、
自分の持ち物に名前を書く習慣がなかった学習者が
1つ1つ自分の持ち物に名前を書くようになる。
時間にルーズだった学習者が、時間どおりに行動する
ようになる。
受身な学習しかしなかった学習者が、より主体的に
自律的に学習するようになる。
手帳でスケジュール管理をしなかった学習者が、
しっかりスケジュール管理できるようになる。
周囲とあまり協力しない学習者が、周囲と協力して
問題解決ができるようになる。
自己管理が苦手だった学習者が、一人でしっかり
自己管理できるようになる。
などなど。
こうした行動変容を学習者の内面に起こし続け、
学習者の行動を常に昇華し続けることが教育で
あり、
それを促し続けるのが教師の役割ではないかと
思います。
しかも、学習者の行動のより深いところ、
より根本的なところを、どんどんえぐり出して
より深い変容を促す。
そうやって、どんどんどんどん学習者の行動を
昇華させ続け、
ある時、本人がふっと来た道を振り返ったときに、
「以前は、1時間かかっていた作業が、
今は15分ぐらいでできるようになった。」
とか、
「以前ならできるなんて想像すらできなかった
ことが、今は簡単にできるようになった。」
と思ってもらえることが、教育の一番の成果
ではないかと思うわけです。
従って、
教師は、学習者が行動変容を起こすまで
繰り返し繰り返し教育する必要がありますし、
(「優れた教師は、同じ指導を同じ学習者に700回
言えるかどうか。」と言われる所以がここ。)
逆に、学習者に行動変容を起こさせられない教育は
無意味、
ということ。
まずはグループレッスンを通じて、学習者に
行動変容を促す。
そして、より深い変容が必要な学習者には
個別指導という形で深い指導をする。
そうやって、学習者をどんどん変容させる。
それが教育の役割であり、また醍醐味でもあると思います。